2017年4月30日 (日)

【参戦記】ウェスタン・シドニー・ワンダラーズH戦(MD5) 6-1

ホームの平日開催がこの日で5度目。今年は多いです。

いつものように定時で会社を離脱。それでも、会社から1本で浦和美園まで行けるのですが、7時前にスタジアムに着くのがやっと。8月に社が引っ越すのですが、そうなると、もう少し時間がかかる。
この日の天気予報は、夜から雨。観客動員が心配されます。ということで、この試合OFFとなった阿部ちゃんが浦和駅前でビラ配りをかってでたそうで。涙です。もっとも、天気は崩れず晴れ間も見える展開。19467人と2万人を割ってしまいましたが、まぁまぁでしょう(相手のサポもすくないですし)

ACL第5節(水) WSW    19467人 晴れ
ACL第4節(水) 上海上港 21858人 雨のち曇
リーグ第6節(金)仙台    25372人 晴れ
リーグ第3節(金)甲府    22711人 晴れ
ACL第3節(火) FCソウル 18727人 晴れ

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試合の方は引き分け以上なら自力で決勝リーグ行きが決まる試合。残り1試合はソウルA戦を残すのみ。朝鮮情勢が気になりますが、その試合前に決勝リーグ行きを決めたいところです。

相手のホームでも0-4で大勝していますが、とにかく1点取るまでは毎度ヤキモキします。もっともこの日も入りが良くて構成一方。相手のミラーシステムヲ粉砕。アウェイ戦のときには中盤がスカスカだった反省もあって仕様を変えたんでしょうが、それもうまく行かず。とにかくこの日目だったのは、守備の厳しさ。相手ボールになった瞬間に詰め寄り。自由にさせない、奪い返すシーンが続出。先発メンバーを5人変えたせいもありますが、中三日のプレーとは思えませんでした。

もっとも、バーに当てられるシーンもありましたし、後半は結構攻め込まれてました。時15分。ということで、あと、膝?の負傷で途中交替したズラが心配です。

詳しい試合内容はこちらこちらでw

この日、お仲間4人組の1人はおやすみ。今年は諸事情でなかなか4人そろいません。それでも、この日車で参戦の方におやじ2人+1人が便乗して、東大宮駅まで送ってもらいました。前回も行った磯丸水産で祝勝会。お疲れ様でした。

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2017年4月26日 (水)

【参戦記】札幌H戦 3-2 20170422

この日は久しぶりのホーム戦。14時キックオフのため、先行入場の集合時間は10時15分。ということで、10時に仲間と待ち合わせ。

スタジアムへは8時49分大宮駅東口発の浦和美園駅西口行きのバスで中野田下車。バスで、お仲間の一人と遭遇。前日開催されたガンバ戦での大宮の不甲斐ない6失点(0-6)が話題に。また、勝ちきれない川崎話(終了間際に同点にされ、2-2)をしながら北門へ。

当日の天気予報は当初、曇後雨。その後、曇に。雨には合わないで済むはずでした。

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実際、KOまでの待ち時間は屋根の無いスペースでまったり。ただ試合途中から小雨に。曇りの天気予報を信じてたので、ポンチョもなし。まぁ、それほど雨ではありませんでしたが。

試合は3-2での勝利。とはいえ、CKからラファが今期6点目のゴールで先制するも、前半に同点にされる展開。それでも、関根が前半に今季初のゴールで突き放します。後半、興梠がPKをもらい2点差。このまま試合が終わるかと思ったら、終盤、浦和が獲得オファーをだしながら断られた福森にFKを決められ1点差に詰め寄られる。なんとかこの1点差を守っての勝利。詳しくはコチラコチラ

この日は、何度も得点できるチャンスがありながら、それを逃して、苦しんだ試合。試合後、森脇が「ふわふわした感じ」、興梠が「もう少し丁寧に」といった趣旨の発言をしてたのが印象的でした。何か歯車がきちんと回らない感じがあるんでしょう。前節の瓦斯戦も苦しんだ試合。少し再チューニングが必要なのかもしれません。

一方の札幌はひくときには5バックになるものの、単純なカウンター狙いではなく、それなりに厚い攻めを試みてきたので、歯ごたえのある相手との印象を受けました。サポも3000人来訪とのこと。J1に昇格したばかりのチームが例年苦しむのに対し、札幌は頑張っている感じです。けが人が多くメンバーが揃わない割には検討しています。

後半途中から伸二が出てきたときに、ブーイングと拍手が。選手紹介のときはブーイングより拍手がほとんどでしたが試合中の交替で拍手にはやや驚きました。ちなみに河合の選手紹介時には盛大なブーイングでしたがw

試合後、今期初めてジジイ4人がそろい、4人でタクシーに乗って浦和へ。いつものお店はこの日おやすみだったので、西口の磯丸水産へ。5時から2時間ほど祝勝会を開催。

※気になったのは、FKでの失点時、壁の槙野(たぶん)が壁を崩して前のめりになりながら身体を捻ったので隙間ができ、そこを福森のシュートが抜けていった点。壁を崩さず飛んでいれば顔にボールが当たっていたでしょうが、失点はしなかったハズ。

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2017年4月22日 (土)

【参戦記】瓦斯A戦 0-1

さて、この試合、お仲間が随分前からガムテ貼りをしていただきました。

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その上で試合前日、当日2回に渡る列整理。それが午前9時、10時と大変。今回は、仲間同士で分担してもらってクリア。ありがたいことです。しかし、2日間、朝にいかんと行けないんでしょうか。
で、オヤジ仲間はその恩恵を受けて、新宿の某横丁で9時から朝呑み。ありがとうございます。
で、飛田給へ。早い時間だと試合があっても臨時停車はないので、調布で乗り換えて飛田給へ。必要なものを途中のコンビニで調達。もっともどこも長蛇の列。うまく乗り切る工夫は必要です。
で、待機列はいつものアビノバイタルの横。この日はアメフトの試合やってました。
入場して席を確保。味の素スタジアムはビールの売り子がいるのが珍しい。生ビールと缶ビールの両方を売ってます。もっとも生は750円と高い。が、が、可愛い売り子がいるんですよね。困りますw 缶ビールヲ売っていた女の子も可愛かったですが、より売れる缶ビールを担当したとのプロっぽい発言。
試合はACLのソウル戦で消耗したレッズのパフォーマンスが今ひとつ。押し込まれるシーンが多く、いつもの攻撃的な展開は見られず。ACLの影響もあったんでしょうが。
ただ、事後のニュースを見る限り、ミシャが後半守り布陣を引くなどして、前半の1点を死守して勝利。大人?の展開で苦しい試合も勝点3。ありがたいことです。
この日、遠藤のチャントがお披露目。で、関根の2番目のチャントも。1個目がなんだかなぁでしたからねぇ。
試合後、赤羽で祝勝会。試合開始2時、終了4時、移動で1時間超えながら、6時前の赤羽で6人の集団を受け入れられる店がなく。開店前の鳥貴族に5分ほどならんで入店。
祝勝会を終え、赤羽で解散

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2017年4月15日 (土)

【参戦記】ACLグループステージ/MD4 上海上港H戦 1-0

ACLグループ首位の上海上港との戦い。アウェイでは2-3で負けているだけに負けられない。勝てば、勝点が並ぶ戦いです。

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ただ、この日は終日雨。しかもこれまで暖かったのに、この日は最高気温が10度ちょっとという寒さ。出社時に久しぶりにジャンパーを着込んだぐらい。

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定時の17時半に社を脱出。南北線37分の列車で浦和美園に向かいます。こんな天気なので出足が悪いだろうと思いきや、どんどん列車が混んでいく。駅のシャトルバスの列は雨のせいもあって先週金曜日の仙台戦より多いくらい。

列車が遅れたせいもあり、スタジアムに着いたときには選手紹介がちょうどおわったころ。冷たい霧雨と強い風が厳しい。持ち込んだ焼酎とスタジアムで購入したお湯割りが命綱w それでもが試合が進むうちに雨もやみ、環境は改善。

試合は、前半終了間際に青木、ズラとつないでラファがタイミングをうまくはずす見事なシュートを決め、これが決勝点に。

観客は2万1000人台と天候に割にまずまず。ちなみに、首位神戸とのアウェイ戦(4月1日、土曜)が1万8800人ということを考えれば上出来w

この日は、いつも一緒にタクシーで浦和まで行く4人組の一人が欠席。さらに一人が車で参戦ということで、その車に乗せてもらい3人で東大宮駅に向かいました。駐車場を出てわずか15分で駅に到着。車の御仁とはここでお別れ。席取りも早めに車で来てくれたこの御仁のおかげ。更に自宅最寄り駅まで送ってもらいありがたいことです。

残った2人で駅前の磯丸水産で小一時間ほどの祝勝会。11時に解散です。明日はまだ水曜日ですからね。

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2016年8月17日 (水)

熱田神宮(再訪)2

◆大楠
神宮の一の鳥居左手にある上知我麻神社と八剣宮を参拝後、参道に戻り、本宮に向かいます。二の鳥居をくぐると、左手に「大楠」があります。樹齢1000年を超える大木。空海が植えたという伝説が残っています。境内には楠が多くあります。

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この日は、暑いものの、数年前に訪れた時に比べるとまだまし。時折心地よい風が吹いてきます。陽射しも木々に遮られ、直射日光に常に身をさらすこともありません。逆に言えば、なんで数年前はあんなに疲弊したんだか、よく分かりません。大楠を過ぎて、三の鳥居をくぐるといよいよ本宮。なぜか参道は左斜めに曲がっています(その理由が後で分かります)。

◆本宮
本宮。ご神体は草薙剣(天叢雲剣)で、ヤマタノオロチを斃した際、その身体から素盞鳴尊が手に入れたもの。その後、素盞鳴尊が九州侵攻する際、政略結婚で妻に迎えた宮崎の豪族の娘、アマテラスに渡している。これがそのまま、天孫系の天皇に伝わり、神武-垂仁まで朝廷が保持していました。最期は垂仁の娘である倭姫が20年の放浪の末、創祀した伊勢神宮に伝わっていました。

ただ、景行天皇(垂仁の息子)の時代、倭建尊が東征する際、倭姫が身を守る神剣として倭建尊に渡してしまいます。さらに東征後、これを倭建尊が宮簀媛に婚姻の印として渡してしまうわけです。ちょうど素盞鳴尊がアマテラスに渡したように。これを宮簀媛ご神体がとして熱田神宮に祀ってしまうので、話がややこしくなる。

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ちなみに、草薙剣は668年、天智天皇の時代に、新羅の僧・道行によって盗みだされています。道行が船で新羅に逃げ帰る時、突然の嵐に巻き込まれ、これを神罰と恐れをなして、途中の河口に放り投げてしまいます。その地が大阪の放出(はなてん)。放出の地名の由来がここから来ていることを知ったときにはやや驚きました。ちなみに、草薙剣は里人により拾われたとされていいます。
この地には、この時、草薙剣を一時保管したという故事をもとに創祀された阿遅速雄神社(あちはやをじんじゃ)があります。放出は内陸部ですが、古代、大阪湾からここまで海が入り込んでいました=河内湾。放出駅北口に線路と平行して走っている道路を渡るとその北側は急に土地が低くなっています。ここがちょうど海岸線だったようです。

阿遅速雄神社は江戸時代まで八剣社と呼ばれていました。八剣は草薙剣のこと。この名は熱田神宮にある別宮八剣宮と同じです。ただその後、なぜか剣は熱田神宮に戻らず、朝廷に収められていました。そして、天武天皇が病を得た際、これが草薙剣の呪いとされ、熱田神宮にようやく戻されます。ですので、現在、伊勢神宮にあるものはレプリカという説もあります(逆に、熱田神宮の草薙剣がレプリカという説も)。

熱田神宮の祭神は今では倭建尊、素盞鳴尊、天照大御神、建稲種命、宮簀媛ですが、宮簀媛が創祀した時は倭建尊と草薙剣を祀ったと思われます。

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ちなみに熱田神宮は尾張三の宮で一の宮ではありません。一の宮は一の宮市の真清田神社、二の宮は犬山の大懸神社。いずれも尾張の祖先神を祀るもので、前者は饒速日命(素盞鳴尊の子供)、後者も諸説ありますが饒速日命のようです。


大縣神社の摂社には建稲種尊(宮簀媛の兄=倭建命の東征に従軍し遭難死)の妻、玉姫命が祀られています。尾張の有力豪族、大荒田氏の娘です。彼女は大縣神社から数キロほど離れたところにある田縣神社に御歳(饒速日命の娘=神武天皇の后)とともに祀られています(田縣神社そのものが大荒田氏邸だったとされています)。


◆一之御前神社
本宮の西北方向の裏手にあります。天照大御神の荒魂を祀ったところ。本宮の左側の道を北上した突き当りに鎮座。ここから東に伸びる道があります。この道は本宮の真後ろを通って、「こころの小径」に通じています。こころの小径の木々の中を進むと本宮の東側にある清水社にでられます。

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◆こころの小径
2012年から開放されたようです。前回来た時は全く気づかず。木々の中を気持ちよく歩けます。ほんの数分歩くだけですが。清々しいところです。実は写真を撮ったのですが、撮影禁止だったようなのでブログにはあげません。熱田神宮の中でもっとも神聖な場所だそうです。どういういわれがあるんでしょう。

◆清水社
湧き水が出ている「清水」があり、そこに鎮座。祭神は水をつかさどる神様である罔象女神(みずはのめのかみ)。この清水は平家の武将、平景清が目を患った際に使った所、快癒したという話が残っています。

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清水には人が列を作ってました

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清水社

◆土用殿
清水社を出て少し行った、右手の小高い地に建てられている。ここを登ると土用殿。もと、草薙剣を奉安した御殿とのこと。旧本殿の東に相並んで鎮座していたそうです。様式は宝庫造、俗に井楼組(せいろうぐみ)と呼ばれる造りで、屋根切妻桧皮葺の箱棟とのこと。永正14年(1517)将軍足利義稙(よしたね)の造営と伝え、天文11年(1542)修造されており、昭和46年に屋根を銅板葺にして復元されました。

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ちなみに熱田神宮は明治26年に改造されていますが、その際、本宮は元の位置から西に移動しています。参道が三の鳥居を過ぎて左(西)に斜めになっているのはそのせいです。この土用殿は明治の改造前の本宮の横に並んで建っていたので、このことから考えても、本宮は今より東側にあったことがわかります。
明治26年の改造は熱田神社から熱田神宮へと格式が上がったことに合わせて行われました。それまでの尾張造りから伊勢神宮風の神明社造りに変更されています。もともと尾張氏の神社として独自性を保っていたことを考えるとやや残念ではあります。


◆御田神社、龍神社
実は土用殿に向かう道を登らず、清水社からまっすぐ歩いていれば、御田神社と龍神社が左手に見えてくるはずでした。ところが土用殿から神楽殿に抜けてしまい、参拝できず。

御田神社は五穀豊饒の神、大歳(稲荷社の宇迦之御魂神と同一視する説もあり)。この大歳は実は饒速日命の別名です。九州から東征し神武天皇前に奈良を支配した饒速日命は九州や兵庫あたりまでは大歳として祀られ、大歳神社が各所にあります。尾張氏はその子孫に当たります。

一方、龍神社は吉備武彦命(きびたけひこのみこと)、大伴武日命(おおともたけひのみこと)が祭神。倭建尊の東征に従軍した武将です。吉備武彦命の2人の娘は景行天皇と倭建尊に嫁いでいる実力者。両者とも滋賀県にある武部神社(倭建尊を祀る)の摂社である行事神社に祭神として祀られています。

土用殿、神楽殿を抜けると本宮の前に戻ってきます。ちょうど本宮を一周した形です。最期に上知我麻神社に行こうと思ったのですが、道がわからず。よく見るといったん神宮の外に出て、神宮の西を走る伏見通りを北上しないと行けないようです。そこで、神宮境内とはお別れ。神宮の西北のはしにある上知我麻神社に向かいました。


◆上知我麻神社
宮簀媛の母親を祀った神社。素朴な造り。神宮西の伏見通りに面しています。江戸時代、ここは東海道の宿場「宮(熱田)」に向かう道でした。宮からは桑名までは海路。いつしかこの神社は旅の安全を祈願する神社になったようです。もっとも古代史とは関係ないですが...。

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参拝後、そばにある地下鉄神宮西駅から名古屋に向かいました。来年は名古屋に来られるんだろうか..。頑張れグランパス(棒読み)。

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