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2005年2月

2005年2月27日 (日)

「さいしん」ドライブとサッカーと

saishinnonnna
 ザスパ戦、さいしんカップのため熊谷へ。「赤き地平より昇る妖星 」さんの駐車場情報はとても役に立ちましたよ。ありがとうございます。

 家を8時40分過ぎに出発。見沼代用水好きな私は、利根川にある見沼用水の取水席堰を見学(何してるんだか)。熊谷には11時着。ショップでレプリカのユニホームを購入(ハァハァ)。ディスカウントのカレンダーも買う。

saishinnzasupa
 席に着くと目の前にレプリカ3人娘。「19」は渋いすよ。おねえちゃん。しかしピッチも異様に小さく見える。こんなせまいところでサッカーやってたっけて感じ。

 で、ザスパのサポーター少なすぎ。地元に近いんじゃないのと思ったりして。昼食はコンビニで買ってきたおにぎり。しかし風が冷たいのには驚いた。去年はどんなことになっていたのだろう。想像するだに恐ろしい。強烈に冷たい風が吹き下ろしてくる。日陰はしんしんと冷える。
 
 試合は1時から。全体に動きが鈍い。スローモーションを見ているようだ。後半に先取点をとられ、ぼろぼろ。とはいえ、その後、岡野が入ってから雰囲気が変わり、三都主のFKで1点。永井、岡野で2点。3ー1で勝利。去年も似たようなもんだったと思いながらも「大丈夫?」と不安がよぎる。しかし、こんな思いになるのも優秀候補なんて言葉に踊らされているせいか。saishinnreds

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2005年2月12日 (土)

宝登山神社 壱

長瀞にある宝登山神社に行ってきた。1900年ほど前、日本武尊が東北平定の折立ち寄った宝登山に登り、神霊を拝したのをきっかけに作られた神社です。祭神は神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)=神武天皇、山の神の大山祇神(おおやまづのかみ)、火の神の火産霊神(ほむすびのかみ)。

 午前中しか時間がないので、12日(土)の朝7時過ぎにさいたま市の自宅を車で出発し、16号のバイパス経由で川越方面へ。川越で254号線に入り、関越自動車道の東松山ICを通過して、玉淀大橋で荒川を渡って140号線に出る。荒川沿いに秩父方面へ走る。家から約2時間で長瀞へ到着。

 長瀞の交差点を左に曲がれば長瀞駅、右へ行けば宝登山神社だ。右には巨大な一の鳥居がデーンとそびえている。でかい。0014ここから参道を600メートルほど車で登ると神社境内に到着。神社の幟が2本たなびいている。ちなみに、この日は宝登山に咲く臘梅(ロウバイ)の見頃とあって、途中の誘導がやけにうるさい。神社の駐車場に入るにも、誘導員のおじさんから「どこへ行く」といった感じの誰何を受ける。笑ったのは「あんた西武の人か?」と言われたこと。西武さん何かここでイベントやるのでしょうか?

 駐車場に車を停めて、いざ参拝。登ってきた参道とは直角方向に拝殿への参道が続いている。0016左手に自動車のお祓い所があり、その先に二の鳥居がある。これもかなり大きい。鳥居をくぐって、少し行くと左手に手水舎がある。日本武尊が身を清めた「玉の泉」の水がひかれているようだ。お賽銭を投げないようにとの注意書きがある。お金を入れると水の成分と反応して濁ってしまうそうだ。後で気づいたけど、川口市が寄進しているよう。鋳物なんでしょうか。
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 手と口を濯ぐと、拝殿への階段が。何段あるか分からないが、下から仰ぎ見る拝殿はなかなかの雰囲気。うーん神社らしい神社。いい感じです。さぁ、いざ拝殿へ。(続く)
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宝登山神社 弐

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(壱より続く) 階段を登り切ると正面に拝殿が、右手に社務所があります。社務所の手前には大きな御神木がありました。左手には神楽殿があります。敷地内には除雪した雪がそこここにまとめてあります。やっぱ寒いんですかね。
 拝殿は大きく開けはなってあって、全体にすがすがしい感じのする神社です。社務所にはいろいろなお札に天満宮の合格祈願のお守りも売っています。子供が高校受験なのでつい買い求めてしまいました(これで4つ目)。
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 実は本殿の後ろ側に天満天神社があるのです(写真左)。このほかにも、敷地内にも周辺の8社を明治時代にまとめた藤谷淵(長瀞)神社宝玉稲荷神社(下)があります。前者は、天照大神の他に、素戔嗚尊建御名方神(たけみなかたのかみ:諏訪大神)、大国主命の他、素戔嗚尊の孫である奥津比古命(おくつひこのみこと)、奥津比売命(おくつひめのみこと)など出雲系の神様が結構多くいます。0020
後者の祭神は素戔嗚尊の子である倉稲魂命(うかのみたまのみこと)です。素戔嗚尊の臭いが濃厚で、素戔嗚尊好きの私としては、気持ちが良いものです。

 あ、それに巫女さんの服装が上下とも白いことが印象的でした。ふつうは下は赤い袴ですよね。それとも彼女たちは巫女さんではない?でもたくさんの女の子が働いていました。

 さらに面白いのは境内の中に玉泉寺(日本武尊が身を清めた「玉の泉」からきています)というお寺もあることです。明治の神仏分離で神社と玉泉寺とは分離されましたが、社寺も残され、共存している点が珍しいです。神社のホームページに詳しく経緯が書いてありますが、神社マップを見ても、玉泉寺が境内の中にちゃんと書き込まれています。0022

 参拝も終え、二の鳥居のそばにある茶屋?でみそのお土産を買い、帰ることにしました。

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2005年2月 9日 (水)

エジソン神

京都にエジソンを祀った神社があるそうで。(by「日本政経新聞」)雷電神社、雷神社は関東にもあるけれど、エジソンとは驚いた。雷電神社にエジソンを勧請するのも面白いかも。法輪寺電電宮はこちら

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2005年2月 5日 (土)

北本 須賀神社

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(その2から続く)
 さて、もう一つ面白いは厳島神社北本氷川神社の手前20メートルあたりに須賀神社があること。狭い場所に3つも神社が集まっているのです。須賀神社は素戔嗚尊を祀っており、その点では氷川神社と同じです。こちらは天正年間(1500年代後半)に勧請されたそうで、北本氷川神社より新しい。時代がずれているにせよ、こんな近いところに素戔嗚尊が別々に祀ってあるのも不思議です。そんなもんなんでしょうか。その辺の事情が気になります。ちなみにこちらの須賀神社は宇迦之御魂神も祀ってあります。五穀と養蚕を司る穀物神、農耕神ですから、その点では厳島神社と養蚕つながり?ってことですかね。

0007 ちなみに東京・四谷にも須賀神社があります。ここも当然、素戔嗚尊を祀ってます。帰宅後、小山市にも須賀神社があるのを発見。いつかどちらも行って見たいものです。そういえば、同じ素戔嗚尊を祀る氷川神社と須賀神社の由来の違いって何なんでしょう。ああ、これも気になる。誰かご教授を。

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北本 厳島神社

0003 (その1から続く)さて、お参りして、御朱印をいただいて、拝殿に向かって左の方にある階段を4~5段降りると、道をへだてたところに厳島神社があります。この組み合わせも私には意外でした。由緒書きによれば、池(があるんです)の杉より龍が昇天したとの伝説があり、その杉が台風で倒れたので跡地に社を祀ったとのこと。今の杉は3代目ということです。ただ、なぜ厳島神社なのかその辺はわからず終い。本家?との関係はいかに。ご存じの方ありましたらぜひお教えを。

0004 この神社の面白いのは、氷川神社から道を渡ってから、さらに社殿に行くまで階段を(たぶん)10段以上降りていくことです。そこに社があり、周囲が水路に囲まれているのです。ちょうど池に浮かんだ島のように...。そして社の中にはなぜか安産の腹帯がおいてあり「御自由にお使い下さい、但倍返しを御願い致します」とある。由緒書きをあらためて見るとこの神社は養蚕の信仰があり、その後、養蚕家が少なくなってから安産、女性の守護として崇拝されていたためらしい。(須賀神社編に続く)

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北本 氷川神社

0001北本の氷川神社に行って来た。ご存じのように埼玉には氷川神社がいたるところにある(東京にもありますが...)。自宅のあるさいたま市にはそれこそ、犬も歩けば...の状態。で、昨日ネットを見ていたら、偶然、北本(埼玉県の市です。上尾市の北あたり)にそれなりに由緒と雰囲気がよさげな北本氷川神社があるのを発見。近いこともあり、午前中にちょっと参拝する気になった次第。

 県道(と思う)からちょっと入ったところに、お目当ての北本氷川神社はありました。10時半着。家から35分程度で到着。日曜の朝は道がすいてて快適です。車がすれ違えないほどの道が、少し広くなったところに鎮座し、参道の右側に車が3~4台停められる駐車場あります。車で神社巡りをする私にはありがたい。

0002 神社はそれほど大きくはない(旧村社)ですが、なかなかいい風情。869年の創建と古い。プレハブ風とはいえ、ちゃんと社務所があり、人も常駐してます。この規模では珍しい。それに私がお参りしている間にも車が2台、3台とやってきて初老の夫婦らしき人たちがお参りをしていきます。これも、ちょっと意外。ふつう、この時間帯でこの手の規模の神社ではあまり人と会わないものです。

 さて、お参りして、御朱印をいただいて、拝殿に向かって左の方にある階段を4~5段降りると...
(次回に続く)

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