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2005年6月26日 (日)

市川 葛飾八幡宮

katushikahaidenn 蘇我スタジアム偵察がてら、市川の葛飾八幡宮へ(地図)。葛飾というと東京都葛飾区のイメージがありますが、その昔武蔵国と下総国の境は隅田川で、隅田川より東、鎌ヶ谷あたりまでは下総国葛飾郡でした。

 その八幡様ということですが、祭神は当然、誉田別命(応神天皇)。これに母親の息長帯姫命(神功皇后)と玉依姫命。ただ玉依姫命は固有名詞というより、「神の依り憑く巫女」を意味する一般名詞なので、由来は不明。葛飾八幡宮では神武天皇の母親とされている。

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 9世紀末、宇多天皇の時代に京都の石清水八幡宮を勧請して建立された。下総の国の総鎮守八幡宮という位置づけ。参道は千葉街道をJR本八幡駅前交差点を過ぎてすぐ左手にある。鳥居をくぐると、ようやく車がすれ違える程度の狭い道で、すぐに京成線の踏切がある。

 ここを超えると神社の境内。ただ、もとの敷地内に公民館や市民会館などの公共施設が建っている。随神門もあり立派な構え。ご多分に漏れず、明治以前は神仏習合しており、上野の寛永寺の末寺が別当寺として存在していた。この門も寺の山門だったようだ。境内の中に鐘楼もあり、当時の風を残している(どうやって廃仏毀釈から逃れたのだろう)。

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 随神門(左)をくぐり進むと神門(左下)。その左手に社務所があり御朱印をいただく。神門をくぐり、前に進むと拝殿。右手に鐘楼がある。拝殿は神社というよりお寺に近い感じ。境内には浅間社、八坂社、尾上稲荷社、葛飾天満宮、厳島社がある。

  

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 本殿右手には千本いちょう(右上)。これは樹齢1200年以上、高さ22mもあり、主幹を囲んで無数の支幹が伸びている姿から「千本イチョウ」の名がついた。雄株の巨木としては全国でも有数のもので、国の特別天然記念物に指定されているとのこと。

 また、祭神である神功皇后の新羅出兵の絵馬もある。

 歴史的には、源頼朝とも関係が深い。源頼朝は以仁王の令旨を受け挙兵したものの、一敗地にまみれ、安房国に逃れていた。再挙兵した際、千葉氏の助けを得て、今の東京方面に向かう前に、先勝祈願に葛飾八幡宮を参詣したらしい。境内には源頼朝の馬が脚をかけひずめの後を残した「駒どめの石」がある。

 住宅などに周りを取り囲まれ、公共機関に敷地を提供して、せせこましくなっているが,総鎮守の風情を残す神社でした。

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