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2005年6月 5日 (日)

神田明神

kannda
 昼食を一風堂で食べた後、むらむらと神社熱が。近くに神社ないかぁ。おっと、神田明神があるじゃないですか。以前、目の前まで行ったのに、都合で、じっくり見られなかった。

 正面向かって右の道路から駐車場に行ける。門の左手の駐車場は月極の駐車場ですから間違えないように。

 ちょうど拝殿では結婚式の真っ最中。神式の結婚式を見られました。社務所でお守りを購入。これがIT守りってやつで変わり種。shinnshiki


 神田明神の祭神は「大己貴命(オオナムチノミコト)」、「少彦名命(スクナヒコナノミコト)」。これに「平将門命(タイラノマサカドノミコト)」が加わっています。前者2神は大黒様、えびす様として親しまれてますが、私は出雲系の2神という感じの方が好きです。社伝によれば天平2年(730)に現在の大手町1丁目付近に大己貴命を祀って創祀されました。


 裏手には「魚河岸水神社」(弥都波能売命)、小舟町八雲神社(建速須佐之男命)、大伝馬町八雲神社(同)、江戸神社(同)、浦安稲荷神社(宇迦之御魂神)、三宿稲荷神社(同)、末広稲荷神社(同)、籠祖神社(猿田彦大神塩土翁神)。ツヅラ職人の祖神だそうです。

 建速須佐之男命は大己貴命の祖先ですから、出雲一家集合って感じです。後は江戸にあったお稲荷さんが集められています。浦安稲荷は天保年間の町割改めで移ってきたらしいですが、他はどうかは分かりません。

 ちなみに魚河岸水神社は、日本橋魚市場の守護神。大手町に神田神社があったころから祀られていた模様。元和年間(1615~、大阪夏の陣以降ですね)に、神田神社とともに、現在の場所に移ってきたらしい。弥都波能売命は水の神で、水田稲作の時代の神々のようです。ひいては灌漑用水の神にもなっています。

 随神門もなかなか立派。門に入って、向かって右には幕末の神田明神の絵が置いてある。今と比較すると面白い。zuishinnzuishinnemyouzinnsaka
最後に神田明神下の階段をのぞいて駐車場へ。ここが高台であることがよく分かります。
(地図


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