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2005年6月19日 (日)

千束 鷲神社

ootoritorii 卓球の試合に行く妻を浜町に送った後、一考。この後、レッズランドに行くことにしていたものの、せっかく東京まで出てきたのだから、どこか神社に行きたい。大所はほとんど行ったので、カーナビで探してみる。すると「鷲(おおとり)神社」が見つかった。(地図
 
 自宅の近所にもある神社だが、そうある神社でもない(といっても、まだまだ不勉強なので直感ベース)。場所は、台東区千束3丁目とそう遠くない。ささっと寄ってレッズランドへと思ったら、神社の入口が分からない上に“一方通行の嵐”に巻き込まれうろうろしてしまった。東京の神社はビルに囲まれていて、よほど近づかないと見つからないのでやっかいだ。結局、は国際通りぞいだったのですが...。

 神社そのものは、コンクリート製で風情をあまり感じない雰囲気。戦災を受けた東京のど真ん中だからなぁ。拝殿もビルに囲まれた中にある。それに、外観だけでなく、江戸の中の神社は寺との融合が進みすぎて、「神」をあまり感じないところが多い。参道にも「下町七福神」など幟がたっていて、その感を強くする。

ootorihonndenn 鷲神社はいわゆる「酉の市」発祥の地だそうで(そんなことも知らなかった)、そういう意味では有名な神社だ。祭神は、天日鷲命(あめのひわしのみこと)日本武尊(やまとたけるのみこと)。

 日本武尊の方は、東夷征討の際、社に立ち寄って戦勝を祈願し、志を遂げての帰途、社前の松に武具の『熊手』をかけて勝ち戦を祝ったのがきっかけのだそうだ。これが酉の市の由来。

 ということは天日鷲命が元祖ということですな。天日鷲命は、忌部氏の祖で、阿波の開発・殖産に功があった開運・開拓・殖産の神。

 天照大神が天之岩戸に隠れ、岩戸の前で神々の踊りを始めた時、天日鷲命が弦楽器を奏でると、その先に鷲が止まった。多くの神々が、これは世の中を明るくする鳥として喜んだ。「鷲」の名が付いている由来はここにある。

 この神は紙の祖神としてもまつられているそうだ。茨城・栃木面県境にある鷲子山上神社に祭神として鎮座しているとのこと。

 鷲子山上神社はその立地(県境の山の頂上付近にある)から行こうと思っていた神社。ここで祭神としても面白くなってきた。神社巡りをしていると、こうしたつながりが見えてきて、面白い。パズルをはめていくような楽しさだ。
 
 歴史的に見ると忌部氏が関東開発の命をうけて、四国阿波から関東に上陸し、その拠点として天日鷲命を祀ったらしい。同じように東京の鷲神社にも紙の紙として祀られたらしい。

 「江戸時代、隅田川流域を中心に多くの紙すき業が大発展した。その業者たちが紙業の発展を祈って、この神社を自分たちの守護神としていた。明治に入り東京の紙業は近代工業の成立発展とともにほとんど消失したが、その後も開運・開拓・商売繁目の神としてまつられている」そうだ(「和紙の起源と麻および忌部氏との関係」より)。

 神社にたてられた解説板には酉の市の話は書いてあるが、紙の話はかいてなかった。諸説ということかもしれないが、この諸説が面白いのだ。ただ、ネットがなければ、こんな簡単には調べられない。便利だなぁネットは。

 ということで、30分ほどうろうろしてレッズランドへ。レッズと天日鷲命。我ながらこの落差には驚いている。

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