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2013年8月17日 (土)

【神社】真清田神社 愛知県一宮市
意外な収穫、尾張氏の拠点

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 名古屋戦敗戦の翌日、猛烈な暑さの中参拝。神社前にコンビニがあって助かりました。ここでしばしほてった体を冷房で冷やし、水を購入していざ参拝。神社名は「ますみだじんじゃ」と読みます。

 神武天皇33年創建、歴史は2600年。なかなか凄い由緒。ただ、これまで個人的には、熱田神宮、津島神社ほど触手が伸びる神社ではなかったんですが、饒速日命を祀っていたと知ってから、期待がむくむく。意外な伏兵の感じ。一宮駅の大きさも意外。結構大きな駅で名鉄、JRが乗り入れています。かつては繊維産業で栄えた遺産が効いてます。

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 祭神は尾張開拓の祖である「天火明命」。実は、これが饒速日命と同一視されている。饒速日命は、神武天皇が東征する以前に、天磐船に乗って河内国(大阪府交野市)の河上の地に天降り、その後大和国(奈良県)に移ったとされている。

 結局、神武との戦いに敗れ(または和解して)、その後裔が一部は近畿に残り、一部は張国中嶋郡一帯に進出したようだ。尾張氏は奈良の葛城氏の同族と言われ、奈良県西南部にある高尾張邑に基盤があったとされている。「尾張」の名前の由来はそこにある。

 ちなみに葛城氏は神武天皇が熊野から再度奈良に押し入ったときに、「土蜘蛛」として退治された事になっている。といっても葛城氏を含め4地域にいた氏族を神武天皇が完全に制圧したわけではなく、彼らより南部の橿原に宮を置き、その周辺を磐余(軍兵が満ち満ちている地)と称して居座ったらしい。大和全域をほぼ制圧したのは崇神天皇の時だ。

 そして、真清田神社はその葛城氏=尾張氏の一部が大和から移転した際の中心部というわけだ。ちなみに饒速日命の息子、ウマシマジは物部氏の先祖とされている。

 真清田神社のある場所は木曽川の氾濫域にあたり、木曽川流域の肥沃な大地があったところ。そこを開拓し勢力を広げたということか。

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 神社は戦災でことごとく消失したが、現在の鳥居も楼門もなかなかの迫力。今でこそそれほど境内は広くないが、かつては相当広かったはず。拝殿、本殿の後ろはこんもりとした杜になっていて風情があります。また繊維産業で栄えたころの面影を残す一宮市の本町商店街は、屋根付きのアーケードをもつ立派な商店街ですが、これが神社の参道にあたります。今では半ばシャッター商店街化して寂しい限りですが。

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 真清田、氾濫域の開拓と言う言葉からは「水」をイメージさせますが、この神社は湧水でも有名。境内には神水社(下)があり、ここの水を汲みに来る人も多いようです。飲んでみるとまろやかで甘い。良い水です。杜を背にし、肥沃な氾濫域を控え、清らかな水が湧く地という、拠点としては絶好な場所です。

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 同じ神水社にある井戸は身を乗り出して自分の顔を映すと御神徳を得られるそうで、やってみましたw ちなみにこの霊水は白河天皇の病気平癒に貢献、同じく境内にある神池の麗水は崇峻天皇の病気平癒に使われたようです。

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 また手水舎も水が豊富。吐水龍(上)は尾張徳川家初代藩主徳川義直が、神社の社殿を改修した際に寄進したものを使っている(今は模造品)。神社の東の入り口にも手水舎があり、こちらも水が豊富。

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 境内には、おきまりの稲荷社が2社、昭和40年創建の服織神社(織物産業の神)などがありますが、これには触手は伸びません。神池には厳島社(上)もあります。

 歴史的に面白いのは天火明命の息子とも言われる天香具山命は、この尾張から新潟に進出し、越後一宮の弥彦神社の祭神になっていること。奈良⇒尾張⇒新潟へと進出していく天火明命系一族の動きはなかなか面白い。もちろん、尾張にも新潟にも在地の勢力があったとは思いますが、歴史に名を残したのはこの一族と言うことです。

 この尾張氏は後に、景行天皇の息子の日本武尊が入り婿したり、継体天皇の妃尾張目子媛も尾張氏。さらに、壬申の乱の時、大海人皇子(おお・あま・の・みこ)が一番頼りにしたのが尾張氏であったとされている。大海人皇子の名前の由来は「尾張氏の別姓」ともいわれる海部(あまべ)一族によって幼少期に養育を受けたことによるもの。一方、本願の葛城氏の方は、雄略天皇の時に本家筋が滅ぼされ、勢力が衰えていく。

 ちなみに海部元首相や天文学の海部宣男氏も名古屋出身です。

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 ところで、真清田神社を参拝中、次第に境内で写真を取り合うコスプレの集団が増えていくのにびっくり。アニメ「らき☆すた」の舞台として知られる埼玉県久喜市の鷲宮神社と同じように何らかのアニメの舞台になったのかと思いました。

 実際は、一宮市はコスプレ衣装つくりで街の活性化に取り組む「コスチュームタウン構想」を進めているためらしい。その一環として、2013年2月3日に、コスプレ姿の豆まきイベントを実施。その時、真清田神社境内をコスプレ撮影の場所として開放したらしい。それ以来、コスプレ撮影の場所として利用されているらしい。神社の参道左手にはコスプレの着替えやメイクができるコミュニケーションスペース「トライアングル」がありますが、これもこの豆まきを機に機に開設されたようです。

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 あまり期待せずに行った真清田神社でしたが、色々収穫がありました。行ってみるもんです。


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