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2015年8月14日 (金)

【参拝記】元祇園社(梛神社)&隼神社(京都市)

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 山鉾巡行から一夜明けた25日。この日は名古屋戦のために名古屋に移動する日。とはいえ、泊まっていた東横イン四条大宮のそばに元祇園社があるので朝食前に訪れてみる。

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 ホテルから5分ほどのところ四条通りに面して神社はありました。祇園祭の発端となった神泉苑での御霊会のため、姫路の広峯神社(黒田官兵衛の実家筋が神主)から勧請した牛頭天王(素戔嗚尊)の神輿を祀ったのが創祀。八坂神社の地に正式に牛頭天王を祀る際、花飾りの風流傘を立て、鉾を振って楽を奏しながらこの地から神輿を移動させたようです。

 当時ここが梛の林だったことから正式には梛(なぎ)神社と呼ばれています。

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Moto_r ちなみに拝殿は東面しています。四条通りに面した北門から入ると右手に拝殿が並んでいます。面白いのは、同じ境内に隼(はやぶさ)神社が梛神社と並んで立っていること。上の写真の向かって左側が梛神社、左が隼神社です。

 隼神社の詳しい縁起は不明ですが、他の地から移動してきたようです(同じ四条通り沿い)。祭神は建甕槌神 (たけみかづちのかみ)と経津主神 (ふつぬしのかみ)。この二人は出雲の国譲りの際、大国主命(素盞鳴尊の娘婿)に出雲の国譲りを迫った人物。その後、抵抗する建御名方命(大国主命の息子)を諏訪まで追いかけています。

 ご存知のように、建甕槌神は鹿島神宮、経津主神は香取神宮の祭神。建甕槌神は常磐地域に割拠してまつろわぬ天津甕星(天香香背男、出雲毛系?)の討伐を武葉槌神に指示しています。日立市にはこの天津甕星を封じ込めた大甕神社があります。祭神は武葉槌神。また、建甕槌神、経津主神は最終遠征の地である仙台の塩竈神社にも祀られています。

 ということで理屈から言えば、素盞鳴尊と建甕槌神、経津主神はあまり相性がよくないことになります。もっとも、八坂神社の素盞鳴尊はどちらかというと牛頭天王の顔をしているので深く考えない方が良いのかもしれません。

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 7時前の境内に、何人もの方がお参りにきていました。ホテルへの帰路、回り道をして町家の雰囲気が残る地区を散歩。そこに風呂屋も残っていました。

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 ホテルに帰り、朝食をとって、いざ戦いの地名古屋へ。途中、尾張の大国魂神社に寄ることにしています。

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