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2015年8月13日 (木)

【参拝記】建部神社(近江国一宮、滋賀県大津市)

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 山鉾巡行⇒御供社⇒神泉苑の次は滋賀県の建部神社へ。二条城前駅から東西線を経て、山科駅でJRに乗り換えて膳所へ。ここからは京阪線で唐橋前へ。後は徒歩で倭建命を祀る建部神社に向かいます。

 倭建命については、説話くさくて(フィクション色が強すぎて)、かつてはあまり関心がなかったというのが事実。古代史と関係ないと決めつけてたんですが、その後、いろいろ本を読むにつけ、少なくとも東国の遠征については、何らかの史実があったんだろうなと思い始めたのが数年前。それからは結構関心をもつようになりました。

 特に尾張氏との関係が面白いのですが、今回訪れた建部神社は尾張氏とは関係はありません。倭建命は何人もの豪族の娘と婚姻関係を結んでいます。ようは各地域の有力者と婚姻関係を結んでいく政策。この建部神社は倭建命の妻の一人である布多遅比売命(ふたじひめのみこと、父は近江安国造)とその息子、稲依別王(いなよりわけのみこ)が創建したしたもの。倭建命の父親である景行天皇の指示によるものです。

 ちなみに倭建命が草薙の剣を預けたのは尾張氏の宮簀媛(ミヤズヒメ)。尾張国造の乎止与命(オトヨ)の娘で、倭建命と婚約した人物。婚約指輪のようなものだったんでしょう。ただ、遠征後、倭建命が死んでしまうので結婚はしていません。

 その彼女が草薙の剣を祀る熱田神宮を創始(尾張三ノ宮)。兄の建稲種命が倭建命の東国遠征時に遭難死したこともあり、幼い甥っ子の代わりに一族を代表して尾張の国造になっています。ちなみに尾張氏は神武天皇の東征より前に、大和に天下った出雲系の饒速日命の息子の天香山命の子孫です。

 この他に倭建命は両道入姫皇女(ふたじのいりひめのひめみこ、垂仁天皇の皇女)を妻にしており、こちらの息子は足仲彦天皇(仲哀天皇、神功皇后の夫、応神天皇の父)。これがメインストリーム。

 吉備穴戸武媛(きびのあなとのたけひめ)は倭建命の東国遠征に従軍した吉備武彦の娘。入水で有名な弟橘媛(おとたちばなひめ)は大和の饒速日尊の後裔とされる穂積氏忍山宿禰の娘です。

P1090103瀬田の唐橋

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 さて、建部神社。有名な瀬田の唐橋を渡って、しばらく歩いたところにあります。瀬田の唐橋は、古代から、何度も重要な戦いが行われた要衝。神功皇后が三韓征伐から帰ってくる際、誉田別尊(ほむたわけのみこと、後の応神天皇)の異母兄弟である香坂皇子と忍熊皇子が抵抗。忍熊皇子は神功皇后の家来である武内宿禰の軍に攻められ、瀬田で自害しています。また、壬申の乱(671年)では、大友皇子と大海人皇子の最後の決戦場となったことでも有名。話はそれますが、神社の近くの交差点の名前が「神領」というのも面白い。  

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 神社は道路から左斜めに入る形で参道があり、しばらくすると参道が直角に左に曲がっています。その先に神門があり、新門をくぐると祈祷書(拝殿?)があり、その奥に別棟の本殿があります。なかなかの風情。

 面白いのは倭建命の事跡を語る看板が参道に並んでいること。それもアニメ風のイラスト付き。倭建命はイケメン、弟橘媛は美女で描かれています。 

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 倭建命の事跡を伝えるのはいいのですが、弟橘媛のみが紹介されていて、建部神社を創祀した布多遅比売命は出てきません(しかたないですが)。布多遅比売命はどんな思いでみてるんでしょうか。

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 神門には風鈴が多数ぶら下げてあり、その音が酷暑をやや和らげてくれてました。神門をくぐると正面に3本杉と祈祷所があります。神門に掲げてあった神紋はこの3本杉をモチーフにしています。

 祈祷書はいわゆる拝殿ともちょっと違う感じ。その奥に本殿があります。本殿は同じ大きさのものが並んでいて、向かって右が大己貴命、左が倭建命。

3honnsugitokitouso_r 三本杉と祈祷書。奥に本殿がある

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右下が倭建命、右上が大己貴命

 神門を入って右手には橋があり、湧水池があります。湧水池にかかった橋を渡ると草野姫命(かやのひめ)が祀られている大野神社がる鎮座。地主神らしいですが、『古事記』では、山の神である大山祇神との間に、4対8柱の神を生んだことになっている人物です。なんで大野神社という名前なのかは不明。同じ滋賀県の栗東にも大野神社がありますが、こちらは菅原道真を祀ったもので関係はなさそう・ちなみにこの神社、嵐の大野くんとのからみで嵐ファンが訪れるので有名。

Oonozinnzya_r大野神社

 建部神社の面白いのは、創祀者の布多遅比売命(ふたじひめのみこと、父は近江安国造)とその息子である稲依別王(いなよりわけのみこ)も祀られているところ。さらに倭建命の両親である景行天皇と播磨稲日大郎姫(はりまのいなびのおおいらつめ)、そして東国遠征に従った部下も祀られています。一族郎党勢揃いw

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 部下としては娘を倭建命に嫁がせた吉備臣武彦と東征の折、甲斐の酒折宮で倭建命から靭部(ゆげいのとものお)を賜った大伴連武日が行事神社に祀られています。弓取神社には弟彦公(三重の弓矢の名人)が、箭取神社 (せんとりじんじゃ)には石占横立、尾張田子之稲置、乳近之稲置が祀られています。この3人は弟彦公が連れてきた部下。

 もっとも建稲種命など尾張系の人物は祀られていません。部下というには勢力が大きすぎるんでしょう。

 小一時間ほど滞在して、再び祇園祭の京都へ戻りました。

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